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インタビュー

【カギとなった内製化】デジタルが生み出す新たな価値観。星野リゾートのエンジニアリング戦略

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Development株式会社

新型コロナウイルス感染症の拡大によって、壊滅的な打撃を受けたホテル業界の中でも、業績をV字回復させた企業があります。

国内外50箇所以上のホテルや旅館などを運営する星野リゾートは、GoToトラベルキャンペーンに対応した自社予約システムや3密を回避する温泉IoTなどをいち早く開発し、めまぐるしく変わる事業環境にフレキシブルに対応しました。

「DXを成功させるには内製化がカギになる」という強い信念のもと、ホテル業界の中でも早々にデジタル化を進め、危機を乗り越え続けている情報システムグループの3名に、星野リゾートの事業戦略を牽引する開発部門がコロナ禍で果たしている役割や仕事の醍醐味、今後の展望などについてお話をお伺いしました。

■プロフィール

星野リゾート 情報システムグループ グループディレクター
久本 英司
2003年、星野リゾートに入社。ホテル管理システムや会計システムなどの基幹システムの導入から、ネットワーク・インフラ、予約や勤怠管理などのアプリケーションの企画・設計・開発まで行う。情報システムグループのディレクターとして、星野リゾートグループのITを統括。

星野リゾート 情報システムグループ シニアアーキテクト
藤井 崇介
開発会社でWebシステム関連の開発を経験後、星野リゾートに入社。現在は、星野リゾートの予約・販売関連のシステム開発責任者を担当。入社以降、DevOps分野に興味を持ち、社内のスクラム導入なども行っている。

星野リゾート 情報システムグループ 開発エンジニア
藤井 行
ファーストキャリアはWebシステム関連の開発企業でスタート。星野リゾートリゾナーレ熱海に家族で宿泊した際に、根底のオペレーションは仕組み化されつつも「大人のためのファミリーリゾート」というコンセプトを掲げ、それぞれの顧客に合わせたおもてなしに感銘を受け、数カ月後には入社を決意。2019年に星野リゾート入社。現在は、予約・販売関連のシステム開発に従事。

「生き残り」が最優先。会社を存続させるための3つの指針

——本日はよろしくお願いします。宿泊産業はコロナ禍の影響も大きかったと思いますが、星野リゾート様はいかがでしたか?

藤井(崇):
おっしゃる通りで、私たちも含めて観光業の需要は一気に冷え込みましたね。海外からの訪日やオリンピック需要の見込みもなくなり、2020年の4、5月は対前年比で2割程度にまで落ち込み、想像以上の影響がありました。

——そのような状況下で、星野リゾート様はどのような対策を取ったのですか?

藤井(崇):
企業として「生き残ること」を最優先に、優先順に3つの指針を決めました。一つ目が「現金を掴み離さない」、二つ目が「復活に備え雇用を維持する」、三つ目が「CS・ブランド戦略の優先順位を下げる」です。

久本:
生き残りさえすれば、その先に観光需要の爆発が待っている。今の状況にフラストレーションを感じている多くの人たちが、一斉に旅行に繰り出すだろうと。

だから、最優先は企業を存続させる「現金の確保」でした。そしてその需要爆発に備え、宿泊業を継続的に運営するための「雇用の維持」。

そして、これまで大切にしてきたCS(顧客満足度)やブランド戦略の優先順位を下げました。例えば、これまではホスピタリティを持って、お客様と対面する丁寧な接客がブランドとして当たり前でしたが、三密回避を徹底するなどコロナ対策を最優先にしたんです。

「内製化」がコロナ禍をサバイブする原動力に

——開発部門への影響はいかがでしたか?

藤井(崇):
現金を確保するために、コストカットを徹底的にしたのは、開発部門も同じです。

2020年からスタートするはずだったシステム再構築の三ヵ年計画は白紙に戻り、GoToトラベルキャンペーンの対応など緊急案件に追われ、開発計画を全て見直しましたね。

——具体的にはどのようにコストカットしたのでしょうか?

久本:
例えば機能が重複しているけど便利なため全社導入していたような重複サービスを整理し、他にコストパフォーマンスが良いシステムがあれば、徹底的に置き換えたんです。

ただ、徹底的にコスト削減に取り組みながらも、経営効率の高いプロダクトやコロナの状況を踏まえたプロダクトなど、新たなサービス開発の必要性は感じていました。

例えば、GoToトラベルキャンペーンにいち早く対応した自社予約システム開発は、他社のシステムを仲介しないため手数料ゼロで運用でき、とても経営効率の高いプロダクトでした。

他にも、大浴場の混雑度がスマホで分かる「温泉IoT」サービスの開発など、いち早く自社開発に取り組めたことは、競合と差別化できた要因だったと思います。

キャプション:
星野リゾートがコロナ禍で開発した、大浴場の混雑度がスマホで分かる「温泉IoT」サービス

——なぜいち早く、コロナ禍に対応したプロダクト開発をデプロイさせることができたのでしょうか?

藤井(行):
IT開発の内製化をこの数年で急速に進めていたことが、大きかったです。

GoToトラベルキャンペーン対応も温泉IoTも、ITを活用しない限り解決できない課題でした。もし内製化が間に合っていなかったら、星野リゾートは開発に着手することすらできなかったと思います。

もっと正確に言うと、「課題」に対してやるべき必要性は認識しているけど、手段がない状態になっていたんじゃないかと。

久本:
内製化が進んでいなかったら、プロダクト開発は外部のパートナーに依頼する必要がありました。

そうなると、「現金を支払うのはリスクになるからやめよう」という経営判断になり、ITでしか解決できないことに、投資もできない、対応もできない、という最悪な未来が待ち受けていた可能性もあったと思います。

実は、数年前から内製化を進めてきたものの、2019年にはまだエンジニアは2人しかいなかったんです。そこからエンジニアは約10人体制、現場から異動してもらった非エンジニアメンバーも含めると30人の組織にまで拡大しました。

本当に数年前から取り組んできたのが功を奏した、ギリギリ間に合ったなと。

星野リゾートとしては、ITの力を駆使して課題を解決したことで、競合よりも優位に立つことができた。その結果、会社がエンジニアの重要性を認知することにもなりました。

経営陣が「内製化」の重要性を再認識した

——開発部門がコロナ禍を乗り切るための大きな力になったのですね。

久本:
はい。でもじつは最初の緊急事態宣言が出たタイミングで、「現金の確保」の指針が決まり、会社からは新たに開発はせず急務がなければ開発部門は全員帰休してもらっても構わない、と言われていたんです。

——でも、実際はそうではなかった。

久本:
そうなんです。実際は、ITなくしては解決できない課題が多くあった。

GoToトラベルキャンペーンに対応した自社予約システムによる経営効率の担保、温泉IoTを開発したことで、三密対策を成功させることができた。

実際、システムの開発が間に合っていなければ、他社が開発したシステムの上で手数料を支払う形で対応せざる得なかったと思います。

——そうなると利益率にも相当差が出てしまいますね。

久本:
まさにそうで、自社開発は他社を介さない効率面に加えて、利益率の面でも役割は非常に大きく、「現金を掴み離さない」という経営方針にもマッチしていました。

それで次の需要の大爆発に備えて、全社的にもITを強化、エンジニアの人数を増やそう、という経営方針で合意できたんです。

——コロナ禍で目に見える成果を出したことで、経営方針としてもより内製化を推し進めていくことになったんですね。

藤井(崇):
そうですね。コロナ禍による事業環境の変化は、良い意味で私たちの業界に大きな変化をもたらしました。

「コロナ危機はITを活用しない限り、乗り切れないようになっている」と認識され、経営やユーザーにインパクトを生み出すには、内製化の推進やエンジニアの採用拡大が重要だと経営陣も考えています。

久本:
市場、競合、顧客、あらゆるニーズの変化が激しい時代の中で、変化に対応できるためにデジタル化を促進させる必要性を、数年前から社内に言い続けてきました。

ただ当時から全員その必要性を理解できていたかというと、正直そうではなかったと思うんです。そんな矢先に、今回のコロナショックで一気に変化が加速し、ITで対応できるのか、できないのか、ある意味試されたんだと思います。

日々大きく変化する状況下で、ITの力が証明されたことにより、内製化の重要性を星野リゾートの社員が自分ごとに捉え、再認識することができたのでは、と思います。

外注依存からの脱却には、「ファーストペンギン」が必要だった

——一方でエンジニア組織の内製化を推し進める上で、苦労した点もあったと思います。どのような難しさがありましたか?

久本:
元々、2003年に私の「ひとり情シス」からスタートしているのですが、当時は外注に依存した開発体制を取っていました。

しかし星野リゾートは、他社と比較して独自の運営スタイルを取っているので、一般的な宿泊産業用のITツールではマッチしませんでした。そのため、パッケージを他社から購入するのではなく、自分たちで考えたシステムを開発したいと長年考えていました。

外注依存だと、事業の成長に合わせて少しずつ改善していくことができない。そうなるとエンジニアの仕事は運用・保守がメインになっていき、優秀なエンジニア程面白くない仕事になってしまう。

それに最初から完璧なプロダクト開発は難しいので、徐々に改善して良いモノを開発していきたかったのですが、外注に依存している限り、毎回現金を支払う必要があります。

そうなるとITとビジネスを一緒に成長させていくことが難しくなる。私の中で「ITがビジネスのスピードに追いつかない」というジレンマを抱えていました。解消するには、内製化がいち早く必要になる。そのため、自ら手を動かし開発することができる優秀なエンジニアを採用したかったのです。

ただ当時は、星野リゾートもITへの理解が乏しく、「ITは外注で十分じゃないか」、「エンジニアの評価が難しいから採用しても困る」など、あまり良い反応を得ることはできませんでした。

——その壁をどのように乗り越えたのですか?

久本:
社内を説得するためには、とにかく最初に優秀なエンジニアの活躍を見せることが、分かりやすい価値になると思っていました。一番最初に入社するエンジニアが、ファーストペンギンになって、大きな成果を出すことができれば「社内にエンジニアを抱えた方がいい」という意見に変わると期待していたんです。

そんな時に、それまでSIerの立場から開発に携わってくれていた藤井さんが、ご家庭の事情で京都に引っ越すため前職を退職されたということを耳にし、これまでの仕事ぶりから声を掛けました。

藤井(崇):
確か「星野リゾートであれば、京都の『星のや京都』で働くこともできるから、ぜひチームに入らないか?」 と声を掛けてくれたんですよね。

——藤井さんは組織づくりをリードしていますが、実際入社してどのような課題意識を持ちましたか?

藤井(崇):
入社当初感じたのは、チームを組んでいた外部の方と目線が合わないことが多かったことですね。

でも、それは当たり前なんです。今開発しているシステムは来年オープン予定の新しい施設のためだ、なんて企業秘密なので伝えることができないわけです。そうして、プロダクトの背景や目的の共有が難しくなり、お互いの景色や認識の齟齬が生まれてしまった。改めて、社内にエンジニアをいち早く抱える必要があるなと再認識しました。

コロナショックを経て、経営陣含めた社内からのエンジニアに対する評価や期待が高まり、どんどん開発案件が増えているんです。そのため、組織拡大に向けてエンジニアの採用を積極的に行っているという状況です。

「失敗を許容する」カルチャー

——星野リゾート様の情報システムグループは、どのような開発環境ですか?

藤井(行):
入社した直後は、デプロイのフローも自動化できていなかったり、自動化はできているけど中身はよくなかったり、などの課題がありました。

しかし今は、エンジニアが増えてきてる中で、みんなで知恵を出し合いながらあるべき姿を議論しながら、定期的に技術シェアもしつつ、開発環境を育てているところです。

インフラ担当のメンバーが忙しく、自分たちでデプロイできるようにAWSのCDKの勉強会をやったりもしてますよ。

WindowsやMacでも同じ環境でモノづくりができるよう、常に最適な形を模索しています。

藤井(崇):
具体的にはメインのサーバーを動かすアプリケーションはJavaで開発し、フレームワークはSpring bootを活用しています。現状の人数だとSpring bootで困ることはないし、技術スタック揃えておいた方がいいだろうという理由で採用してます。

ただサーバーレスとかもあるので、Nodeで書きたい人は書けばいい、Pythonを使いたい人は使えばいい、という形で柔軟な形を取っています。

藤井(行):
もちろんチームを拡大していく中で、ある程度の標準化の必要性は日々感じています。今はチームの人数が少ないので、あまり制限はかけていませんが、これからは開発体制を標準化していきたいと思っています。

各々が理想とする開発の環境や手法はあると思うので、その点についても尊重しつつコミュニケーションをとって、常に一定以上の品質を開発できる体制を作りたいです。

——開発環境などの意思決定フローなど、エンジニアの皆さんがそれぞれオーナーシップを持って決めているそうですね。

藤井(崇):
はい。それぞれのエンジニアの判断で、決めてもらっています。

なぜなら、ある程度の失敗は許容したいと思っているんです。失敗した後に、しっかり学びがあれば良いので、失敗はとても価値のある投資であると考えています。

挑戦に対する失敗は、会社的にも認めていますし、ある程度の技術環境は自分たちで決めてもらっています。

久本:
星野リゾートは、IT部門に限らず「失敗を許容する文化」が根付いていますが、ITへの投資に関しては、とても積極的なフェーズを迎えています。現実的な見通しがあればチャレンジはできます。

——ちなみに開発の過程で、経営陣や現場の方が実際に触って、FBをもらえる機会はあるのでしょうか?

藤井(行):
本人に意思があれば、FBはいつでも貰うことができます。

経営陣とは月に1回のペースで投資判断会議をしているのですが、その中でFBをもらいたいプロダクトは代表の星野に直接触ってもらい、意見をもらうこともあります。

基本的には、経営陣や現場問わず、カレンダーを押さえればみんな協力してくれます。会社としてもシステム開発の重要性を理解しているので、みんなで意見を出し合って決める、という文化が根付いているからだと思います。

——チームに関連して働き方も教えていただけますか?

藤井(崇):
働きやすいと思いますよ。コアタイムは決めていますが、出社時間は決めていません。僕も子どもの病院とかで、平日休んだり早退も問題なくできています。

今はリモートですが、コロナが落ち着いたら原則出社となります。

久本:
原則「近くの事業所」に出社なんです。なので、僕は軽井沢、藤井さんは「星のや京都 」、藤井行さんは東京ですね。

藤井(崇):
「星のや京都 」といっても別館の一室なのですが、窓から見える四季折々の風景は本当に綺麗ですよ。
※…春の「星のや京都」から見える景色の一部。秋は紅葉も映えるそう。

エンジニアに求めるのは「事業目線」

——最後に、これからチームの規模を拡大していくにあたって、どのようなエンジニアに興味を持ってもらいたいと考えているのか教えていただけますか?

藤井(崇):
あくまで私たちは事業会社なので、ビジネスに興味があって、一緒にプロダクトを育てていきたいと思う人に来て欲しいと思います。開発して終わり、流行の技術を使いたい、という考えではなくて、長い目線でプロダクトを育てながら会社を強くしていく、そういう楽しみを分かち合えると嬉しいです。

久本:
事業を成長させたい、事業に関わりたい、という目線を持ったエンジニアの方にはおすすめできる環境だと思います。

藤井(行):
同感です。私も星野リゾートに入社したのは、事業にインパクトを起こせる開発に携われると思ったからです。

前職では、web系の制作会社で、発注されたモノをただ開発するだけ、アウトプットして終わりだったのでやりきった感覚がなかったんです。当時は年齢も40歳手前で、エンジニアに面白味を感じているものの、エンジニアとしてどう生きていくべきかを考えていた時期でした。

自分が自信を持ってユーザーに提供できるプロダクトを開発したい、ビジネスに直結するモノづくりに挑戦したいと思っていたタイミングで出会えたのが、星野リゾートです。

元々、星野リゾートの「リゾナーレ熱海」に宿泊する機会があって、最高の宿泊体験に感銘を受けたことがあります。自分が感動した星野リゾートのビジネスに対して、エンジニアとしての技術力がどこまで発揮できるのかチャレンジしたかった。

そして、自身のエンジニアキャリア、人生の集大成を星野リゾートで最終地点にしたく、新しく挑戦をしようと思ったんです。

——とはいえ、開発への携わり方を大きく変えることに、不安はなかったのですか?

藤井(行):
もちろんありました。事業と星野リゾートの魅力を密接に結びつけたプロダクト開発にどこまで貢献できるのかなどの不安もありました。しかし今は、星野リゾートの事業と共に、エンジニアリングの道を歩めている感覚があります。

星野リゾートの開発環境であれば、事業視点は入社してから自然と身につきますし、学習意欲と好奇心があれば問題ないと思います。

私と同じように不安を感じてる人がいたら、何も迷わず来てくれて大丈夫です。

久本:
本当はエンジニアであれど、事業に向き合うというのは大前提であるべきなんですよね。

例えば、ホテル業界の事業の軸である売り物は、「宿泊体験」です。宿泊体験は、ホテル、宿泊サービスを提供するスタッフ、さまざまな関係性により成り立つ経験ですが、宿泊体験そのものがデジタルでアップデートされている事例はまだ世の中には多くない。

私たちは事業成長の中で、デジタルを活用して宿泊体験をアップデートさせることができると思っています。そのため、実際に現場で働く方の意見をプロダクトに反映することも大切です。新たな宿泊体験の価値向上を目指し、現場と共にシステムを創り上げていくことに挑戦できます。

他社では作れない新しい体験価値に、私たちは挑戦したい。私たちの目指す未来に少しでも共感いただけるところがあると嬉しく思います。

——本日はありがとうございました!